豊島は僕より一年前に仏文を出た先輩だから、親しく話しをするようになったのは、寧ろ最近の事である。
僕が始めて豊島与志雄と云う名を知ったのは、一高の校友会雑誌に、「褪紅色の珠」と云う小品が出た時だろう。
それがどう云う訳か、僕の記憶には「登志雄」として残った。
豊島は僕より一年前に仏文を出た先輩だから、親しく話しをするようになったのは、寧ろ最近の事である。
僕が始めて豊島与志雄と云う名を知ったのは、一高の校友会雑誌に、「褪紅色の珠」と云う小品が出た時だろう。
それがどう云う訳か、僕の記憶には「登志雄」として残った。