それではミケルアンヂェロの所謂未完成の作品を見逃してしまふ所ではない、第一フロレンスの博物館の前を素通りしてしまふのも同前であります。
わたしは日頃からかう云ふ傾向を頗る遺憾に思つてゐますから、冗漫の嫌ひはありますが、次手を以て創作するのにも鑑賞上の訓練の重大である所以を弁じました。
扨鑑賞上の訓練の必要であることは、――わたくしに都合の好いやうに解釈すれば、この鑑賞講座なるものの必要であることは上に述べましたが、今この鑑賞上の訓練を助ける為に多少の言葉を費すとすると、それはざつと下に挙げる三点になるかと思ひます。