詩は一字の妥当を欠いても、神韻を伝へることは出来ませんから、その一字を安からしめる人を「一字の師」と称するのであります。
たとへば唐の任翻と言ふ詩人が天台山の巾子峰に遊んだ時、寺の壁に一詩を題しました。
その詩は便宜上仮名まじりにすると、「絶頂の新秋、夜涼を生ず。
詩は一字の妥当を欠いても、神韻を伝へることは出来ませんから、その一字を安からしめる人を「一字の師」と称するのであります。
たとへば唐の任翻と言ふ詩人が天台山の巾子峰に遊んだ時、寺の壁に一詩を題しました。
その詩は便宜上仮名まじりにすると、「絶頂の新秋、夜涼を生ず。