紀の国屋と申したわたしの家は親代々諸大名のお金御用を勤めて居りましたし、殊に紫竹とか申した祖父は大通の一人にもなつて居りましたから、雛もわたしのではございますが、中々見事に出来て居りました。
まあ、申さば、内裏雛は女雛の冠の瓔珞にも珊瑚がはひつて居りますとか、男雛の塩瀬の石帯にも定紋と替へ紋とが互違ひに繍ひになつて居りますとか、さう云ふ雛だつたのでございます。
それさへ売らうと申すのでございますから、わたしの父、十二代目の紀の国屋伊兵衛はどの位手もとが苦しかつたか、大抵御推量にもなれるでございませう。