深きは言はぬ方なるべし。
「さはれ流石に思慮深き家康は、秀吉の如く閨門の裡に一家滅亡の種を蒔かず、其が第一の禁物たる奢は女中にも厳に仮さで、奥向にも倹素の風行はれしは、彼の本多佐渡守が秀忠将軍の乳母なる大婆に一言咎められて、返す詞も無かりし一場の話に徴して知るべし。
駿府にて女房等が大根の漬物の塩辛きに困じて、家康に歎きけるを、厨の事をば沙汰しける松下常慶を召して今少し塩加減よくすべしと諭ししかば、此の老人主が側に進み寄りて、何事をかささやきしに、主は言葉なくして唯笑ひけるを、彼れ其の儘退きしと云ふ。