なれど同じ「えけれしや」に詣づる奉教人衆も、その頃はとんと「ろおれんぞ」を疎んじはてて、伴天連はじめ、誰一人憐みをかくるものもござらなんだ。
ことわりかな、破門の折から所行無慚の少年と思ひこんで居つたに由つて、何として夜毎に、独り「えけれしや」へ参る程の、信心ものぢやとは知られうぞ。
これも「でうす」千万無量の御計らひの一つ故、よしない儀とは申しながら、「ろおれんぞ」が身にとつては、いみじくも亦哀れな事でござつた。
なれど同じ「えけれしや」に詣づる奉教人衆も、その頃はとんと「ろおれんぞ」を疎んじはてて、伴天連はじめ、誰一人憐みをかくるものもござらなんだ。
ことわりかな、破門の折から所行無慚の少年と思ひこんで居つたに由つて、何として夜毎に、独り「えけれしや」へ参る程の、信心ものぢやとは知られうぞ。
これも「でうす」千万無量の御計らひの一つ故、よしない儀とは申しながら、「ろおれんぞ」が身にとつては、いみじくも亦哀れな事でござつた。