が、甚内の話を聞いて見ますと、あの男はやはり盗みを働きに、わたしの宅へ忍びこみましたが、茶室には未に火影ばかりか、人の話し声が聞えている、そこで襖越しに、覗いて見ると、この北条屋弥三右衛門は、甚内の命を助けた事のある、二十年以前の恩人だったと、こう云う次第ではございませんか?
なるほどそう云われて見れば、かれこれ二十年にもなりましょうか、まだわたしが阿媽港通いの「ふすた」船の船頭を致していた頃、あそこへ船がかりをしている内に、髭さえ碌にない日本人を一人、助けてやった事がございます。
何でもその時の話では、ふとした酒の上の喧嘩から、唐人を一人殺したために、追手がかかったとか申して居りました。