しかもかれこれ真夜中になると、その早桶のおのずからごろりところげるというに至っては――明治時代の本所はたとえ草原には乏しかったにせよ、恐らくはまだこのあたりに多少いわゆる「御朱引外」の面かげをとどめていたのであろう。
しかし今はどこを見ても、ただ電柱やバラックの押し合いへし合いしているだけである。
僕は泥のはねかかったタクシーの窓越しに往来を見ながら、金銭を武器にする修羅界の空気を憂欝に感じるばかりだった。
しかもかれこれ真夜中になると、その早桶のおのずからごろりところげるというに至っては――明治時代の本所はたとえ草原には乏しかったにせよ、恐らくはまだこのあたりに多少いわゆる「御朱引外」の面かげをとどめていたのであろう。
しかし今はどこを見ても、ただ電柱やバラックの押し合いへし合いしているだけである。
僕は泥のはねかかったタクシーの窓越しに往来を見ながら、金銭を武器にする修羅界の空気を憂欝に感じるばかりだった。