たといデカダンスの詩人だったとしても、僕は決してこういう町裏を徘徊する気にはならなかったであろう。
けれども明治時代の風刺詩人斎藤緑雨は、十二階に悪趣味そのものを見出している。
すると明日の詩人たちは有田ドラックや愛聖館にもかれ等自身の『悪の花』を――或は又『善の花』を歌い上げることになるかも知れない。
たといデカダンスの詩人だったとしても、僕は決してこういう町裏を徘徊する気にはならなかったであろう。
けれども明治時代の風刺詩人斎藤緑雨は、十二階に悪趣味そのものを見出している。
すると明日の詩人たちは有田ドラックや愛聖館にもかれ等自身の『悪の花』を――或は又『善の花』を歌い上げることになるかも知れない。