しかし今日の本所は「ものゝ行き」を現していない。
そこにあるものは震災のために生じた「ものゝ飛び」に近いものである。
僕は昔この辺に糧秣廠のあったことを思い出し、更にその糧秣廠に火事のあったことを思い出し、如露亦如電という言葉は必ずしも誇張ではないことを感じた。
しかし今日の本所は「ものゝ行き」を現していない。
そこにあるものは震災のために生じた「ものゝ飛び」に近いものである。
僕は昔この辺に糧秣廠のあったことを思い出し、更にその糧秣廠に火事のあったことを思い出し、如露亦如電という言葉は必ずしも誇張ではないことを感じた。