それから、四五日たつた日の午前、加茂川の河原に沿つて、粟田口へ通ふ街道を、静に馬を進めてゆく二人の男があつた。
一人は濃い縹の狩衣に同じ色の袴をして、打出の太刀を佩いた「鬚黒く鬢ぐきよき」男である。
もう一人は、みすぼらしい青鈍の水干に、薄綿の衣を二つばかり重ねて着た、四十恰好の侍で、これは、帯のむすび方のだらしのない容子と云ひ、赤鼻でしかも穴のあたりが、洟にぬれてゐる容子と云ひ、身のまはり万端のみすぼらしい事夥しい。
それから、四五日たつた日の午前、加茂川の河原に沿つて、粟田口へ通ふ街道を、静に馬を進めてゆく二人の男があつた。
一人は濃い縹の狩衣に同じ色の袴をして、打出の太刀を佩いた「鬚黒く鬢ぐきよき」男である。
もう一人は、みすぼらしい青鈍の水干に、薄綿の衣を二つばかり重ねて着た、四十恰好の侍で、これは、帯のむすび方のだらしのない容子と云ひ、赤鼻でしかも穴のあたりが、洟にぬれてゐる容子と云ひ、身のまはり万端のみすぼらしい事夥しい。