然れば澄見の下がり候後は「まりや」様の画像の前に、凡そ一刻に一度づつは「おらつしよ」と申すおん祈りを一心にお捧げ遊ばされ候。
何も序ゆゑ申し上げ候へども、秀林院様の「おらつしよ」は日本国の言葉にては無之、羅甸とやら申す南蛮国の言葉のよし、わたくしどもの耳には唯「のす、のす」と聞え候間、その可笑しさをこらふること、一かたならぬ苦しみに御座候。
四、十二日は別に変りたることも無之、唯朝より秀林院様の御機嫌、よろしからざるやうに見上候。
然れば澄見の下がり候後は「まりや」様の画像の前に、凡そ一刻に一度づつは「おらつしよ」と申すおん祈りを一心にお捧げ遊ばされ候。
何も序ゆゑ申し上げ候へども、秀林院様の「おらつしよ」は日本国の言葉にては無之、羅甸とやら申す南蛮国の言葉のよし、わたくしどもの耳には唯「のす、のす」と聞え候間、その可笑しさをこらふること、一かたならぬ苦しみに御座候。
四、十二日は別に変りたることも無之、唯朝より秀林院様の御機嫌、よろしからざるやうに見上候。