そう云う次第でございますから、大殿様は何かにつけて、武張った事を御好みになりましたが、若殿様はまた詩歌管絃を何よりも御喜びなさいまして、その道々の名人上手とは、御身分の上下も御忘れになったような、隔てない御つき合いがございました。
いや、それもただ、そう云うものが御好きだったと申すばかりでなく、御自分も永年御心を諸芸の奥秘に御潜めになったので、笙こそ御吹きになりませんでしたが、あの名高い帥民部卿以来、三舟に乗るものは、若殿様御一人であろうなどと、噂のあったほどでございます。
でございますから、御家の集にも、若殿様の秀句や名歌が、今に沢山残って居りますが、中でも世上に評判が高かったのは、あの良秀が五趣生死の図を描いた竜蓋寺の仏事の節、二人の唐人の問答を御聞きになって、御詠みになった歌でございましょう。