何でも私が人伝に承わりました所では、初めはいくら若殿様の方で御熱心でも、御姫様は反って誰よりも、素気なく御もてなしになったとか申す事でございます。
いや、そればかりか、一度などは若殿様の御文を持って上った私の甥に、あの鴉の左大弁様同様、どうしても御門の扉を御開けにならなかったとかでございました。
しかもあの平太夫が、なぜか堀川の御屋形のものを仇のように憎みまして、その時も梨の花に、うらうらと春日が匀っている築地の上から白髪頭を露して、檜皮の狩衣の袖をまくりながら、推しても御門を開こうとする私の甥に、