ただ私は何となく、その沙門や女菩薩の画像が、まるで魔界の風に染んでいるような、忌わしい気が致しましたから、鍛冶が正気に還ったのを潮に、匇々その場を立ち去ってしまいました。
後で人の話を承わりますと、この沙門の説教致しますのが、震旦から渡って参りました、あの摩利の教と申すものだそうで、摩利信乃法師と申します男も、この国の生れやら、乃至は唐土に人となったものやら、とんと確かなことはわからないと云う事でございました。
中にはまた、震旦でも本朝でもない、天竺の涯から来た法師で、昼こそあのように町を歩いているが、夜は墨染の法衣が翼になって、八阪寺の塔の空へ舞上るなどと云う噂もございましたが、元よりそれはとりとめもない、嘘だったのでございましょう。