その思いもよらない事と申しますのは、もう花橘の匀と時鳥の声とが雨もよいの空を想わせる、ある夜の事でございましたが、その夜は珍しく月が出て、夜目にも、朧げには人の顔が見分けられるほどだったと申します。
若殿様はある女房の所へ御忍びになった御帰り途で、御供の人数も目立たないように、僅か一人か二人御召連れになったまま、その明るい月の中を車でゆっくりと御出でになりました。
が、何しろ時刻が遅いので、人っ子一人通らない往来には、遠田の蛙の声と、車の輪の音とが聞えるばかり、殊にあの寂しい美福門の外は、よく狐火の燃える所だけに、何となく鬼気が身に迫って、心無い牛の歩みさえ早くなるような気が致されます。