その時の咒文の中に、中御門と云うような語が聞えたと申しますが、それは事によると私の甥の耳のせいだったかもわかりません。
元よりその間も平太夫の方は、やはり花橘の枝を肩にして、側目もふらず悄々と歩いて参ったのでございます。
そこでまた私の甥も、見え隠れにその跡をつけて、とうとう西洞院の御屋形まで参ったそうでございますが、時にあの摩利信乃法師の不思議な振舞が気になって、若殿様の御文の事さえ、はては忘れそうになったくらい、落着かない心もちに苦しめられたとか申して居りました。
その時の咒文の中に、中御門と云うような語が聞えたと申しますが、それは事によると私の甥の耳のせいだったかもわかりません。
元よりその間も平太夫の方は、やはり花橘の枝を肩にして、側目もふらず悄々と歩いて参ったのでございます。
そこでまた私の甥も、見え隠れにその跡をつけて、とうとう西洞院の御屋形まで参ったそうでございますが、時にあの摩利信乃法師の不思議な振舞が気になって、若殿様の御文の事さえ、はては忘れそうになったくらい、落着かない心もちに苦しめられたとか申して居りました。