初はやれ父思ひのせゐだの、やれ恋煩ひをしてゐるからだの、いろ/\臆測を致したものがございますが、中頃から、なにあれは大殿様が御意に従はせようとしていらつしやるのだと云ふ評判が立ち始めて、夫からは誰も忘れた様に、ぱつたりあの娘の噂をしなくなつて了ひました。
丁度その頃の事でございませう。
或夜、更が闌けてから、私が独り御廊下を通りかゝりますと、あの猿の良秀がいきなりどこからか飛んで参りまして、私の袴の裾を頻りにひつぱるのでございます、確、もう梅の匂でも致しさうな、うすい月の光のさしてゐる、暖い夜でございましたが、其明りですかして見ますと、猿はまつ白な歯をむき出しながら、鼻の先へ皺をよせて、気が違はないばかりにけたゝましく啼き立てゝゐるではございませんか。