芭蕉の床を囲んでゐた一同の心に、愈と云ふ緊張した感じが咄嗟に閃いたのはこの時である。
が、その緊張した感じと前後して、一種の弛緩した感じが――云はば、来る可きものが遂に来たと云ふ、安心に似た心もちが、通りすぎた事も亦争はれない。
唯、この安心に似た心もちは、誰もその意識の存在を肯定しようとはしなかつた程、微妙な性質のものであつたからか、現にここにゐる一同の中では、最も現実的な其角でさへ、折から顔を見合せた木節と、際どく相手の眼の中に、同じ心もちを読み合つた時は、流石にぎよつとせずにはゐられなかつたのであらう。