是、東海の蜀道にあらずや。
惟ふに函谷の嶮によれる秦の山川が、私闘に怯にして公戦に勇なる秦人を生めるが如く、革命の気運既に熟して天下乱を思ふの一時に際し、昂然として大義を四海に唱へ、幾多慓悍なる革命の健児を率ゐ、長駆、六波羅に迫れる旭日将軍の故郷として、はた其事業の立脚地として、恥ぢざるの地勢を有したりと云ふべし。
然り、彼が一世を空うするの覇気と、彼が旗下に投ぜる木曾の健児とは、実に、木曾川の長流と木曾山脈の絶嶺とに擁せられたる、此二十里の大峡谷に養はれし也。
是、東海の蜀道にあらずや。
惟ふに函谷の嶮によれる秦の山川が、私闘に怯にして公戦に勇なる秦人を生めるが如く、革命の気運既に熟して天下乱を思ふの一時に際し、昂然として大義を四海に唱へ、幾多慓悍なる革命の健児を率ゐ、長駆、六波羅に迫れる旭日将軍の故郷として、はた其事業の立脚地として、恥ぢざるの地勢を有したりと云ふべし。
然り、彼が一世を空うするの覇気と、彼が旗下に投ぜる木曾の健児とは、実に、木曾川の長流と木曾山脈の絶嶺とに擁せられたる、此二十里の大峡谷に養はれし也。