彼の義仲に於ける、猶北条四郎時政の頼朝に於ける如し。
彼は、より朴素なる張良にして、此は、より老猾なる范増なれども、共に源氏の胄子を擁し、大勢に乗じて中原の鹿を争はしめたるに於ては、遂に其帰趣を同くせずンばあらず。
義仲が革命の旗を飜して檄を天下に伝へむとするや、彼は踊躍して、「其料にこそ、君をば此二十年まで養育し奉りて候へ、かやうに仰せらるゝこそ八幡殿の御末とも思させましませ」と叫びたりき。
彼の義仲に於ける、猶北条四郎時政の頼朝に於ける如し。
彼は、より朴素なる張良にして、此は、より老猾なる范増なれども、共に源氏の胄子を擁し、大勢に乗じて中原の鹿を争はしめたるに於ては、遂に其帰趣を同くせずンばあらず。
義仲が革命の旗を飜して檄を天下に伝へむとするや、彼は踊躍して、「其料にこそ、君をば此二十年まで養育し奉りて候へ、かやうに仰せらるゝこそ八幡殿の御末とも思させましませ」と叫びたりき。