天下風を仰いで其旗下に集るもの、実に五万余人、根井大弥太行親は来れり、楯六郎親忠は来れり、野州の足利、甲州の武田、上州の那和、亦相次いで翕然として来り従ひ、革命軍の軍威隆々として大に振ふ。
図南の鵬翼既に成れり。
是に於て、彼は戦鼓を打ち旌旗を連ね、威風堂々として、南信を出で、軍鋒の向ふ所枯朽を摧くが如く、治承四年九月五日、善光寺平の原野に、笠原平五頼直(平氏の党)を撃つて大に破り、次いで鋒を転じて上野に入り、同じき十月十三日、上野多胡の全郡を降し、上州の豪族をして、争うて其大旗の下に参集せしめたり。