維盛僅に血路をひらき、残軍を合して加賀に走り、佐良岳の天嶮に拠りて、再革命軍を拒守せむとしたるも、大勢の赴く所亦如何ともなすべからず。
志雄山の平軍既に破れ、義仲行家疾馳して平軍に迫る、無人の境を行くが如く、安宅の渡を渉りて篠原を襲ひ、遂に大に征北軍を撃破し、勇奮突破、南に進むこと、猛虎の群羊を駆るが如く、将に長駆して京師に入らむとす。
かくして、寿永二年七月、赤幟、洛陽を指して、敗残の平軍、悉く都に帰ると共に、義仲は北陸道より近江に入り、行家は東山道より大和に入り、革命軍の白旗、雪の如く、近畿の山河に満てり。