芥川龍之介 『木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)』 然れども山門は冷然として之に答へざりき。 同時に義仲の祐筆にして、しかも革命軍の軍師なりし大夫坊覚明は、延暦寺に牒して之を誘ひ、山門亦之に応じて、明に平氏に対して反抗の旗をひるがへしたり。 是、実に平氏が蒙りたる最後の痛撃なりき。 芥川龍之介の名言・名文を読む 用例を検索する → シェア