彼、事愈〻危きを知り、遂に一百の革命軍を従へて、決然として西洞院の第を出でぬ。
赤地の錦の直垂に唐綾縅の鎧きて、鍬形うつたる兜の緒をしめ、重籐の弓のたゞ中とつて、葦毛の駒の逞しきに金覆輪の鞍置いて跨つたる、雄風凛然、四辺を払つて、蹄声戞々、東に出づれば、東軍の旗幟既に雲霞の如く、七条八条法性寺柳原の天を掩ひ戦鼓を打ちて閧をつくる、声地を振つて震雷の如し。
義仲の勢、死戦して之に当り、且戦ひ、且退き、再、院の御所に至れば、院門をとぢて入れ給はず、行親等の精鋭百余騎、奮戦して悉く死し、彼遂に囲を破つて勢多に走る、従ふもの僅に七騎、既にして、今井四郎兼平敗残の兵三百余を率ゐて、粟津に合し、共に鑣をならべて北越に向ふ。