嘗て三色旗を陣頭に飜して加能以西平軍を破ること、疾風の枯葉を払ふが如く、緋甲星兜、揚々として洛陽に入れる往年の得意、今、はた、何処にかある。
而してあゝ、翠帳暖に春宵を度るの処、膏雨桃李花落つるの時、松殿の寵姫と共に、酔うて春に和せる往年の栄華、今はた、何処にかある。
是に於て彼悵然として兼平に云つて曰「首を敵の為に得らるゝこと、名将の恥なり、いくさやぶれて自刃するは猛将の法なりとこそ聞き及びぬ」と、兼平答へて曰「勇士は食せずして饑ゑず、創を被りて屈せず、軍将は難を遁れて勝を求め死を去つて恥を決す、兼平こゝにて敵を防ぎ候はむ、まづ越前の国府迄のがれ給へ」と、然れども多涙の彼は、兼平と別るゝに忍びざりき。