津藤自身が、これをどちらが出家だか解らないと批評した。
――大兵肥満で、容貌の醜かつた津藤は、五分月代に銀鎖の懸守と云ふ姿で、平素は好んでめくら縞の着物に白木の三尺をしめてゐたと云ふ男である。
或日津藤が禅超に遇ふと、禅超は錦木のしかけを羽織つて、三味線をひいてゐた。
津藤自身が、これをどちらが出家だか解らないと批評した。
――大兵肥満で、容貌の醜かつた津藤は、五分月代に銀鎖の懸守と云ふ姿で、平素は好んでめくら縞の着物に白木の三尺をしめてゐたと云ふ男である。
或日津藤が禅超に遇ふと、禅超は錦木のしかけを羽織つて、三味線をひいてゐた。