芝区のさる大きな電気工場の職工給料日当日の出来事であった。
十数名の賃銀計算係が、一万に近い職工のタイム・カードから、夫々一ヶ月の賃銀を計算して、山と積まれた給料袋の中へ、当日銀行から引出された、一番の支那鞄に一杯もあろうという、二十円、十円、五円などの紙幣を汗だくになって詰込んでいる最中に、事務所の玄関へ一人の紳士が訪れた。
受付の女が来意を尋ねると、私は朝日新聞の記者であるが、支配人に一寸お眼にかかり度いという。
芝区のさる大きな電気工場の職工給料日当日の出来事であった。
十数名の賃銀計算係が、一万に近い職工のタイム・カードから、夫々一ヶ月の賃銀を計算して、山と積まれた給料袋の中へ、当日銀行から引出された、一番の支那鞄に一杯もあろうという、二十円、十円、五円などの紙幣を汗だくになって詰込んでいる最中に、事務所の玄関へ一人の紳士が訪れた。
受付の女が来意を尋ねると、私は朝日新聞の記者であるが、支配人に一寸お眼にかかり度いという。