若しかしたら、菰田家の当主は気でも狂ったのではあるまいか、などと噂し合ったことでした。
というのには、又訳のあることで、当時の菰田家の主というのは、癲癇の持病を持っていて、それが嵩じて、少し前に一度死を伝えられ、附近の評判になった程の立派な葬式さえ営んだのですが、それが、不思議にも生き返って、併し生き返ってからというものは、ガラリ性質が変って、時々非常識な、狂気じみた行動があるとの噂が、その辺の漁師達にまで伝わっていて、さてこそ、今度の工作も、やっぱりそのせいではないかと、疑いを抱くことになったのです。
それは兎も角、人々の疑惑の内に、といって都に響く程の大評判にもならず、このえたいの知れぬ事業は、菰田家の当主の直接の指図の下に、着々と進捗して行きました。