それは兎も角、人々の疑惑の内に、といって都に響く程の大評判にもならず、このえたいの知れぬ事業は、菰田家の当主の直接の指図の下に、着々と進捗して行きました。
三月四月とたつに従って、島全体を取囲んで、丁度万里の長城の様な異様な土塀が出来、内部には、池あり、河あり、丘あり、谷あり、そして、その中央に巨大な鉄筋コンクリートの不思議な建物まで出来上りました。
その光景がどの様に奇怪千万な、そして又世にも壮麗なものであったかは、ずっと後になって御話する機会があろうと思いますから、ここには省きますが、それが若し完全に出来上って了ったなら、どんなにすばらしいものだったでありましょう。