島はその後も、やっぱり菰田家の所有地に相違ないのですが、事業は荒廃したまま、訪ねる人もなく、放擲され、人工の森や林や花園は、殆ど元の姿を失って、雑草のはびこるに任せ、鉄筋コンクリートの奇怪な大円柱達も、風雨に曝されて、いつしか原形を止めなくなって了いました。
そこに運ばれた樹木石材等は、非常な費用をかけたものではありましたが、さて、それを都に運んで売却するには、却って運賃倒れになるという様な点から、荒廃はしながらも、一木一石元の場所を換えた訳ではありません。
随って、今でも、若し諸君が旅行の不便を忍んで、M県の南端を訪れ、荒海を乗り切って沖の島に上陸なさるならば、そこに、世にも不可思議なる人工風景の跡を見出すことが出来るに相違ありません。