東京の山の手のある学生街に、お定りの殺風景な、友愛館という下宿屋があって、そこの最も殺風景な一室に、人見廣介という書生ともごろつきともつかぬ、その癖年輩は三十を余程過ぎていそうな、不思議な男が住んで居りました。
彼は沖の島の大土工が始まる五六年前にある私立大学を卒業し、それからずっと別に職を求めるでもなく、といってこれという確な収入の道があるでもなく、謂わば下宿屋泣かせ、友達泣かせの生活を続けて、最後にこの友愛館に流れつき、彼の大土工が始まる一年前位まで、そこで暮していたのです。
彼は自分では哲学科出身と称しているのですが、といって、哲学の講義を聞いた訳ではなく、ある時は文学に凝って、夢中になり、その方の書物を猟っているかと思うと、ある時は飛んでもない方角違いの建築科の教室などに出掛けて行って、熱心に聴講して見たり、そうかと思うと、社会学経済学などに頭を突込んで見たり、今度は油絵の道具を買込んで、絵描きの真似事をして見たり、馬鹿に気が多い癖に妙に飽き性で、これといって本当に修得した科目もなく、無事に学校を卒業出来たのが不思議な位なのです。