併し、そうして凡ての事柄に興味を失った彼とても、食う為には、やっぱり多少の仕事をしない訳には行きません。
それには、彼は学校を出て以来、安飜訳の下請だとか、お伽噺だとか、まれには大人の小説だとかを書いて、それを方々の雑誌社に持込んでは、からくも其日のたつきを立てているのでした。
最初の内は、それでも芸術というものに多少の興味もあり、丁度古来のユートピヤ作者達がした様にお話の形で彼の夢想を発表することにも少なからぬ慰めを見出すことが出来ましたので、いくらか熱心にそうした仕事を続けていたのですが、ところが、彼の書くものは、飜訳は別として、創作の方は妙に雑誌社の気受けが悪いのでした。