彼は最早や、国家の戸籍面に席もなく、広い世界に唯一人身寄りもなければ友達もなく、其上名前さえ持たぬ所の、一個のストレンジャーなのでありました。
そうなると、自分の左右前後に腰かけている乗客達も、窓から見える沿道の景色も、一本の木も、一軒の家も、まるでこれまでとは違った、別世界のものに感じられるのでした。
それは一面、非常にすがすがしい、生れたばかりという気持でありましたが、又一面では、この世にたった一人という、しかもその一人ぽっちの男が、これから身に余る大事業を為しとげねばならないという、名状し難き淋しさで、はては、涙ぐましくさえなって来るのを、どうすることも出来ませんでした。