彼は当の死体を見る前に、已に、先ずその異臭にたじろがないではいられませんでした。
墓場という様なものを、余り怖がらない彼は、それまで存外平気で仕事を続けることが出来たのですが、さて棺の蓋を取って、もう一つの彼といってもいい、菰田の死骸と顔を合せる際になると、始めて、何かこう、えたいの知れぬ影の様なものが、魂の底からじりじりと込み上げて来る感じで、ワッと云って、いきなり逃げ出し度い程の恐怖に襲われました。
それは決して、幽霊の怖さなどではなく、もっと異様な、どちらかと云えば現実的な、それ丈けでは到底云い尽せないのですけれど、例えば暗闇の大広間で、たった一人、蝋燭の光で自分の顔を鏡に写す時に似た、それの幾層倍も恐しい感じでありました。