それは兎も角、彼は予定の筋書きに従って、四五日目頃から、極めて巧みなお芝居によって、少しずつ、口を利き始め、激動の為に一時麻痺していた神経が、徐々に目覚めて来る有様を、ごく自然に演じて行きました。
その方法は、数日の間床の中にいて、見たり聞いたりしたこと、又はそれから類推し得た所丈けを、やっと思い出した体に装って、その外の、まだ探り得ない多くの点には態と触れない様にし、相手がそれを話し出すと、顔をしかめて、どうも思い出せないという風をして見せるのです。
彼はこのお芝居を自然らしくする為に、予め数日の間、苦しい思いをして口をつぐんでいたのですが、それが図に当って、仮令分り切ったことを胴忘れしていても、或は話がとんちんかんになっても、人は少しも疑わず、却って彼の不幸な精神状態を、憐んで呉れる始末でした。