そうして旅を続けている内に、廣介はいつとはなく、何の作為を加えずとも、生れつきの千万長者、菰田源三郎になり切って行くのでした。
彼の事業の管理者達は、一も二もなく、彼の前に叩頭して、疑いのけぶりさえ見せませんし、地方地方の縁故のもの、旅館などでは、まるで殿様を迎える騒ぎで、彼の顔を見つめる様な、無躾なものは一人もありませんし、それに時々は、亡き源三郎の顔馴染の芸妓などから、「お久し振りでございますわね」などと、肩を叩かれたりしますと、彼はもう益々大胆になって、大胆になればなる程、お芝居が板について、今では、正体を見現されはしないかという心配などは、殆ど忘れた形で、彼が嘗て、人見廣介と名のる貧乏書生であったことは、その方が却て嘘の様な気さえするのでありました。
この驚くべき境遇の変化は、彼を無上に嬉しがらせたことは申すまでもありませんが、その感じは、嬉しいというよりは、一そ馬鹿馬鹿しく、馬鹿馬鹿しいというよりは、何となく胸がからっぽになった様な、雲に乗って飛んでいる様な、夢を見ている様な、一方では限りなき焦燥を感じながら、一方では落付きはらっている様な、何とも形容の出来ない心持でありました。