千代子は、久しぶりの夫との二人旅を、何とも知れぬ恐怖を以て、併し又一方では、不思議な楽しさをも感じながら、どうかこの間の晩のことは私の思い違いであって呉れます様にと祈るのでした。
嬉しいことには、汽車の中でも、船の上でも、いつになく夫は妙に優しく、言葉数が多く、何くれと彼女の世話をやいたり、窓の外を指さしては、過ぎ去る風景を賞したり、それが彼女には嘗ての密月の旅を思い起させた程も、異様に甘く懐しく感じられるのでした。
随って、あの恐しい疑いも、いつしか忘れるともなく忘れた形で、彼女は仮令明日はどうなろうと、ただ、この楽しみを一時でも長引かせたいと願うばかりでありました。