最早や陸上に出たのか、やっぱり海の底の岩窟なのか、千代子には一切様子が分らず、怖いと思えば此上もなく怖いのですけれど、その様なことよりは、指先を、血が通う程も握り合った、男の腕の力が嬉しくて、ただもうそれで心が一杯になって、暗闇の恐怖などに心を向ける余裕もないのでありました。
その闇の中を、さぐりさぐり、千代子の気持では十町も歩いたかと思う頃、その実数間の距離しかなかったのですが、パッと眼界が開け、そこには、彼女が思わず驚きの叫声を立てた程、世にも雄大な景色が拡がっていたのです。
視力の届く限り、殆ど一直線に、物凄いばかりの大谿谷が横わり、両岸は空を打つかと見える絶壁が、眉を圧して打続き、その間に微動もしない深碧の水が、約半町程の幅で、眼も遙かに湛えられているのです。