三谷はこの殺人事件の原因となった人物だけれど、家内の者が、それとハッキリ知っていた訳でもなく、親戚知己は集まって来たが、日頃疎遠の人が多く、倭文子誘拐事件以来、畑柳家の相談役の様な立場にある三谷が、さしずめ葬儀委員長であった。
定刻が来ると、三谷は人々をせき立てて、出棺を急いだ。
人夫が棺をかつぐ時には、若し悟られはせぬかと、非常に心配したが、そんなこともなく、生きた親子の潜んだ大型寝棺は、無事門前の葬儀自動車へ運び込まれ、畑柳家菩提寺での葬式も型の如く終り、更に葬儀車は、近親の者の自動車を従えて火葬場へと向った。