玉村商店は日本の宝石商の例に漏れず、宝石を売買する一方古くから時計の製造販売をも営んでいて、その時計屋の目印として、東京の店の屋根にのせてあった時計塔が、大地震で振り落され、改築の際には、今時時計塔でもあるまいと、そっくりそのまま大森の本邸へ運んで、記念の為に西洋館の屋根へとりつけたものであった。
これが、名物、玉村邸時計塔の来歴である。
附近の中学生達はこの時計塔を、玉村の「幽霊塔」と呼んでいた、涙香小史の「幽霊塔」という小説から思いついたもので、なる程そう云えば、丘陵の真中に、ポッツリ建っている邸といい、古風な煉瓦造りの建物と云い、なんとなく「幽霊塔」じみて見えるのだ。