余は余の有する限りの精力を挙げて、購へる書を片端より読み、読みたる箇所に傍註を施こし、必要に逢ふごとにノートを取れり。
始めは茫乎として際涯のなかりしもののうちに何となくある正体のあるやうに感ぜられるほどになりたるは五、六カ月の後なり。
余は固より大学の教授にあらず、従つてこれを講義の材料に用ゐるの必要を認めず。
余は余の有する限りの精力を挙げて、購へる書を片端より読み、読みたる箇所に傍註を施こし、必要に逢ふごとにノートを取れり。
始めは茫乎として際涯のなかりしもののうちに何となくある正体のあるやうに感ぜられるほどになりたるは五、六カ月の後なり。
余は固より大学の教授にあらず、従つてこれを講義の材料に用ゐるの必要を認めず。