よつて一応はこれを辞せんと思ひしが、留学中書信にて東京奉職の希望を洩らしたる友人(大塚保治氏)の取計にて、殆んど余の帰朝前に定まりたるが如き有様なるを以て、遂に浅学を顧みず、依托を引き受くる事となれり。
講義を開く前には如何なる問題を択ばんかと苦心せるが、余は今日文学を研究する学生に取つては、余が文学論を紹介するの、尤も興味多く、かつ時機に適せるを感じたり、余は田舎に教師となり、田舎から洋行し、洋行から突然東京に舞ひ戻つたる人間なり。
当時わが中央文壇の潮流が如何なる方面に動きつつあるかは、殆んど知るべくもあらず。