あとになって、わかったのですが、このほらあなは、ずっとむかし、鉱石ではなくて、徳川時代の金貨である大判小判をほりだすために、つくられたものでした。
明治維新のとき、徳川幕府のご用金をこの山の中にかくしたという、いいつたえがあり、そのかくし場所をおしえる暗号文を手にいれた人が、ばくだいな費用をかけて、こんなあなを、ほったのです。
このあなは、ひじょうにおくぶかく、また、いくつも枝道があって、うっかりすると道にまよって、出られなくなるほどです。
あとになって、わかったのですが、このほらあなは、ずっとむかし、鉱石ではなくて、徳川時代の金貨である大判小判をほりだすために、つくられたものでした。
明治維新のとき、徳川幕府のご用金をこの山の中にかくしたという、いいつたえがあり、そのかくし場所をおしえる暗号文を手にいれた人が、ばくだいな費用をかけて、こんなあなを、ほったのです。
このあなは、ひじょうにおくぶかく、また、いくつも枝道があって、うっかりすると道にまよって、出られなくなるほどです。