かく分化作用で、吾々は物と我とを分ち、物を分って自然と人間(物として観たる人間)と超感覚的な神(我を離れて神の存在を認める場合に云うのであります)とし、我を分って知、情、意の三とします。
この我なる三作用と我以外の物とを結びつけると、明かに三の場合が成立します。
すなわち物に向って知を働かす人と、物に向って情を働かす人と、それから物に向って意を働かす人であります。
かく分化作用で、吾々は物と我とを分ち、物を分って自然と人間(物として観たる人間)と超感覚的な神(我を離れて神の存在を認める場合に云うのであります)とし、我を分って知、情、意の三とします。
この我なる三作用と我以外の物とを結びつけると、明かに三の場合が成立します。
すなわち物に向って知を働かす人と、物に向って情を働かす人と、それから物に向って意を働かす人であります。