(たといその源は我の有する作用中の怒りを我以外に放射して創設せるものにもせよ)後の怒は我と云う自己中に起る怒りである。
だから混同を防ぐためにこの二つを区別しておいて歩を進めます。
しかしその論法は大体において(い)の場合、すなわち吾人は知の働きを愛して、これに一種の情を付与すと云う条りに説明したものと変りはありません。
(たといその源は我の有する作用中の怒りを我以外に放射して創設せるものにもせよ)後の怒は我と云う自己中に起る怒りである。
だから混同を防ぐためにこの二つを区別しておいて歩を進めます。
しかしその論法は大体において(い)の場合、すなわち吾人は知の働きを愛して、これに一種の情を付与すと云う条りに説明したものと変りはありません。