それをわたしの兄は、『大金塊、大金塊』と申していたのです。
それから重右衛門は、一家のものを引きつれて、山梨県の片いなかにひっこみ、そこで亡くなったのですが、亡くなるときに、その子ども――というのは、つまりわたしには父なのですが――そのわたしの父に宮瀬家の宝もののかくし場所をしるした、暗号文書をのこしていったのです。
重右衛門も、わたしの兄と同じように、急病で亡くなったので、くわしいことをいいつたえるひまがなかったのだと申します。
それをわたしの兄は、『大金塊、大金塊』と申していたのです。
それから重右衛門は、一家のものを引きつれて、山梨県の片いなかにひっこみ、そこで亡くなったのですが、亡くなるときに、その子ども――というのは、つまりわたしには父なのですが――そのわたしの父に宮瀬家の宝もののかくし場所をしるした、暗号文書をのこしていったのです。
重右衛門も、わたしの兄と同じように、急病で亡くなったので、くわしいことをいいつたえるひまがなかったのだと申します。