もっともここに時間も空間もないと云うのは作物中にないと云うのではない、自己が作物に対する時間、また自己が占めている空間がないという意味であって、読んで何時間かかるか、また読んでいる場所は書斎の裡か郊外か蓐中かを忘れると云うのと同じ事であります。
普通の場合においてこれを忘れる事ができんのは、ある間は作者の意識連続と一致し、あるときはこれを離れるから、我は依然として我、彼は依然として彼なのであります。
一致している際に蚤に食われて急に我に帰り、時計が鳴ってにわかに我に帰るというようであるから、間髪を容れざる完全の一致より生ずる享楽を擅まにする事ができんのであります。