壮太郎氏は、ほとんど三十分ごとに、学校と警視庁とへ電話をかけて、その後のようすをたずねさせていましたが、一時間、二時間、三時間、時はようしゃなくたっていくのに、壮二君の消息は、いつまでもわかりませんでした。
ところが、その日のお昼すぎになって、ひとりのうすよごれた背広に鳥打ち帽の青年が、羽柴家の玄関にあらわれて、みょうなことをいいだしました。
「あたしは、おたくの運転手さんにたのまれたんですがね。
壮太郎氏は、ほとんど三十分ごとに、学校と警視庁とへ電話をかけて、その後のようすをたずねさせていましたが、一時間、二時間、三時間、時はようしゃなくたっていくのに、壮二君の消息は、いつまでもわかりませんでした。
ところが、その日のお昼すぎになって、ひとりのうすよごれた背広に鳥打ち帽の青年が、羽柴家の玄関にあらわれて、みょうなことをいいだしました。
「あたしは、おたくの運転手さんにたのまれたんですがね。