一通行人の奇怪なる陳述
開化アパートの前は、電車通りとは云え、一方川に面した至って淋しい場所だが、午後十時頃には、まだ可成の通行者があった筈である。
犯人は如何にして、通行者の目をくらまして、この兇行を演じ得たかが、非常な疑問とされているが、当時アパートの前を徒歩で通りかかったという同区S町○○番地大工職Dの申立てによると、丁度其瞬間にはチラホラ徒歩の通行人があったばかりで、電車も自動車も見えなかったが、そこへ水道橋の方角から、一台の円タクらしい自動車が、非常な速力で走って来て、見る見るアパートの向うの横丁へ曲って行った。